AIを使えば儲かるのか? 〜 #加藤康之の投資講座 入門編2〜
本記事は、お金のデザイン研究所所長、首都大学東京特任教授/京都大学客員教授の加藤康之氏による寄稿記事です。
最近「AIを使えば儲かるのですか?」という質問をよく受けます。「AIと資産運用」のテクニカルな面については前回のブログで入門的な話をしましたが、今回はこの質問にお答えしたいと思います。
「儲かる」という意味
質問にお答えする前に、まず、「儲かる」と言った場合、それが何を意味するのかを整理しておきましょう。資産運用において「儲かる」とは「プラスのリターンがある」ということです。このリターン(以下、トータルリターンと呼ぶ)は次の2つに分割すると便利です。
トータルリターン=市場平均リターン+超過リターン
ここで、市場平均リターンとは日本であればTOPIXなど市場全体を表すインデックスのリターンのことです。超過リターンは市場平均を上回る部分のリターンを意味します。
例えば100万円を投資してこれが120万円に増えれば、トータルリターンは20%((120–100)/100=20%)になります。この同じ期間、TOPIXのリターンが15%であれば、超過リターンは20%-15%=5%になります。つまり、トータルリターンの20%は市場平均(TOPIX)リターンの15%に超過リターンの5%を加えたものと考えるのです。もちろん、超過リターンはマイナス値になってしまうこともあります。超過リターンはアルファとも呼ばれ、資産運用の能力の高さを表すことになります。
AIを使えば儲かるのか?
さて、この質問に答えるために、上の2つのリターンについて別々に考えてみましょう。
まず市場平均リターンです。
そもそもTOPIXなど市場平均リターンは日本経済全体のパフォーマンスを反映します。企業や経済全体が成長すれば市場平均リターンも高くなるし、成長しなければ市場平均リターンも低下するということになります。つまり、資産運用にAIを使うかどうかが市場平均リターンの大きさに影響するとは思えません。もちろん、AIが製造業やサービス業に広く利用されることにより企業や経済全体の効率性を高め成長も高まるという影響もあるかもしれませんが、これはAIの資産運用への応用とは無関係と言えるでしょう。
問題は2つめの超過リターンです。
超過リターンは資産運用の巧拙を表すので、高度なAIを使えば超過リターンは高くなるようにも思えます。
しかし、忘れてはいけない重要なことが一つあります。それはすべての運用者の超過リターンの合計はゼロになるということです。すべての運用者のトータルリターンを足し合わせると市場平均リターンになるからです。
つまりプラスの超過リターンを得るためには他の運用者との競争に勝つ必要があります。どんなに良い運用をしたとしても、他の運用者がより良い運用をすれば、超過リターンはマイナスになってしまうのです。
AIが超過リターンに与える影響を予想するのに参考になるデータがあります。S&P500インデックスで有名なS&Pダウ・ジョーンズ・インデックス社が世界中の投資信託の超過リターンに関する情報を過去から発表しています。それによれば、米国株式の投資信託についてですが、2005年頃からプラスの超過リターンを提供できなかった投資信託の割合が傾向的に上昇し続けていることが分かります。(下図参照)
その因果関係を証明するのは難しいのですが、筆者はインターネットの影響ではないかと考えています。つまり、インターネットのおかげで、プロアマ含めて誰でも資産運用に必要な多くの情報を簡単に入手できるようになり、その結果、運用者間の競争が激化し、超過リターンを獲得することが難しくなったということです。
ちなみに、最近、市場平均リターンを低コストで提供するETFに人気が集まっていますが、これも同じ理由と考えられます。筆者はAIの導入がこの超過リターンの低下傾向に拍車をかけるのではないかと考えています。
実際、2019年8月3日付けの日本経済新聞によれば、国内で販売されているAI投信(AI技術を利用して運用されている投信)は15本あり、設定から1年以上たった投信10本の直近1年のパフォーマンスを検証すると、全ての投信がマイナスだったとあります。AIを使えば超過リターンを得られるという簡単な話ではなさそうです。要するに、人間の運用者同士の戦いがAI同士の戦いに置き換わるだけで、超過リターンの合計がゼロであるという事実には変わりがないということです。もっとも、当面はAIを導入する運用者と導入しない運用者が共存するので、AIを導入したところが相対的に強いという状況がしばらく続くかもしれません。
投資家にとってのメリットは何か?
超過リターンがそれほど期待できないとすれば、AIの導入は個人投資家にとってどんなメリットがあるのでしょうか。
実は最大のメリットは資産運用コストの低減です。AIの導入によって、これまでアナリストやファンドマネージャーが行っていた運用業務やバックオフィスの事務的業務が大幅に自動化されます。長期的にはほとんど自動化されるでしょう。したがって、人件費が低下し投資信託の運用手数料も下がるはずです。
いずれにしろ、資産運用におけるAI利用の流れはもはや止まらないでしょう。運用者にとっては、AIを利用しないとそもそも競争に参加できなくなるからです。今やパソコンやインターネットを利用しない運用者はいないのと同じことです。AIはいずれインターネットのように身近な技術になるでしょう。また、AIの利用は、超過リターンの追求だけでなく、リスクの平準化、ポートフォリオのパーソナル化の精度向上、個人投資家の商品選択に対するバイアスの修正などその裾野はきわめて広く、投資家のメリットは多くあると思われます。
THEOとAIの関係
最後にTHEOとAIについて取り上げてみましょう。THEOには「AIアシスト」という名前でAIが組み込まれています。ただし、その目的は短期的に高いリターンを狙うということではなく、金融ショックが起こったときに、ポートフォリオが大きなダメージを被る状況を出来るだけ緩和するということです。
資産運用で最も怖いことは大きなダメージを受けることです。例えば100万円の資産が金融ショックに会い40%下落して60万円になったとします。この60万円が元の100万円になるためには40%ではなく67%も上昇する必要があります。
下落した40%に比べて27%も余計に上がらないと元に戻らないのです。この数字にお疑いの方は自分で計算((100–60)/60)してみて下さい。これは、金融ショックにより元本が60万円になってしまい、この少なくなった元本から下落前の金額に戻すためには下落以上の大きな上昇率が要求されるということなのです。そして、この差は下落率が大きくなるほど大きくなります。
実際、2008年9月のリーマンショックの後、6か月間で下落した40%(TOPIXベース)を取り戻すのに4年2か月も時間を費やしています。したがって、大きな下落率を少しでも緩和することが出来れば長期的なパフォーマンスの向上が見込めるということになるのです。
THEOのAIアシストでは世界中のニュース、専門家のコメント、一般のSNSなどの膨大な情報をAIで読み込んで作られた市場センチメント指数を常時モニターし、金融ショックなど大きな下落の兆候を見つけ出したらポートフォリオの最適化条件をより保守的にするようにプログラムされています。
これにより、少しでも下落率を緩和しようとしています。もちろん、金融ショックを完全に予測することも、下落率をゼロにすることも不可能(出来るのは神様だけです)ですが、少しでも下落率を緩和出来ればそれが長期的パフォーマンスの向上につながると考えることが出来ます。AI時代においても、THOEの運用方針の根幹は各個人に適した機能ポートフォリオの配分により、質の高い長期的資産運用を提供することだと思います。
おわりに
資産運用のパフォーマンスにおいてAIは本質的なものではありません。本質的なことはどのような資産運用を行うのかという投資哲学であり、AIはそれを実現するための道具でしかありません。道具は常に便利なものを使えばいいわけです。投資哲学のない資産運用は、最新の道具であるAIを使っていたとしても、優れた運用は期待出来ないと考えるべきです。
以上
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