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定説に騙されない 〜野尻哲史氏の #逆算の資産準備 第3回〜

本記事は、フィデリティ退職・投資教育研究所所長 野尻哲史氏による寄稿記事です

第1回第2回のコラムで説明してきたことは、必ずしもよく言われる定説とは違っていることも多いように思います。資産運用、資産形成、資産活用などなど、お金との向き合い方でいろいろなアドバイスを受けたり、読んだりしたことがあると思いますが、それらをさらっと「そうだ」と思い込んでいたり、受け流していたりしませんか?

こうした定説を疑って考えることも大切です。内容をしっかりと理解する必要があるにもかかわらず、意外に大切なことを見落としているものです。第3回のコラムでは、これまでの内容を少し掘り下げて理解していただくために、気になる“定説”を取り上げ、その反論を試みてみました。皆さんはどう思われますか?


「ゆとりある生活に必要な資金」は一律でいいのか?

「老後のゆとりある生活には月30数万円が必要」とよくいわれます。しかし、誰でも一律の金額が必要というのはちょっと納得できませんね。フィデリティ退職・投資教育研究所が行ったこれまでのアンケート調査では、「年収が多い人ほど退職後の生活資金が多く必要だ」と考えていることがわかっています。現役時代の年収が退職後の生活必要資金に影響を与えているのです。欧米同様に「退職直前年収を前提に、老後はその何%で生活するか」を知る「目標代替率」の考え方が、日本でもあてはまるはずです。

目標代替率は、米国では70–85%と指摘する学術論文や金融機関の分析が最も多いといわれ、英国では政府の諮問機関である年金委員会が3分の2を目安としています。日本では公の数値をみたことがなく、フィデリティ退職・投資教育研究所が2014年の全国消費実態調査をもとに推計した結果は72%でした。退職後の年間で必要な生活資金額は、退職直前年収の7割前後といった結果です。

決して誰もが一律の金額を必要とする退職後生活ではないはずです。

平均余命で退職後の生活を想定していいのか?

リタイアメント・プランを立てる時に「平均余命」を使っていませんか?これはかなり楽観的な計画を立てることになりかねませんので注意が必要です。

60歳の方の「平均余命」は大まかに言って、毎年の死亡率を使って60歳100人が50人に減るまでの年数を計算するのと同じです。言い換えれば“生存確率50%の年齢”を推計するものです。「その年齢より長生きする人が半分いる」という前提で計画を立てると、「半分の人が資金不足になる計画」ともいえます。

これはかなり楽観的な、いえ危険な計画といえます。せめて、「20%くらいの生存確率で計画を立て」、「それよりも早く人生を終えれば財産は子ども世代に残す」と考える方が、より合理的でより保守的だと思います。ちなみに、20%生存確率だと、60代の男性で91歳、女性で96歳ですから、夫婦で95歳くらいまでを想定してはどうでしょうか。

定額積立でいいのか?

資産形成では定額積立が効果的だといいますが、少し長い目でみると、これにもちょっと課題があります。長期投資の複利効果と積立投資のコスト平準化の効果は大切ですが、現役時代ずっと定額で投資を続けるのは少し考えものです。

「年収が多い人ほど退職後の生活資金が多く必要だ」とすれば「年収の多い人ほど資産形成も多く行う」必要があります。そのため、年収の一定率にあたる「資産形成比率」を使って資産形成額を年収と連動させて決めるというのも大切な考え方です。年収が増えればそれに合わせて資産形成額も増やすという考え方です。

ちなみにすべての企業が企業年金を導入している英国ではその企業年金の最低拠出率が8%と決められています。米国フィデリティでは資産形成の推奨比率として15%を提示しています。日本では、30歳スタートで年率3%の運用を前提に60歳で2800万円を作りだす資産形成比率は平均年収をもとに12%程度になります。現在の20–30代の人にとっては公的年金の受給額が大幅に削減される懸念がありますから、その幅を20%と想定して、毎年の年収の16%を資産形成に充当することを薦めています(詳しくはフィデリティの「退職準備の指標」をご覧ください)

地方移住は田舎暮らしではない

これまで退職後の移住先として話題になるのは海外でしたが、終の棲家として考えると必ずしも一般的な選択肢ではなさそうです。同様の移住先が日本にあれば、何も海外に向かう必要もなく、国内での地方移住が有用な選択肢になるはずです。

地方移住と聞くと、多くの人が「山辺の一軒家を買って」とか、「ログハウスを建てて」といったことを想像しがちですが、地方の大都市に移住することでも退職後の生活費総額を引き下げる効果がかなりあります。例えば、

①消費者物価の安い地方都市:
消費者物価地域差指数(家賃を除く総合指数)で東京23区内よりも高い大都市は相模原市、横浜市、川崎市だけ。低い方から20の県庁所在都市を見ると、物価指数で東京23区に比べて3.4%以上低いことがわかります。家賃は更に安いもので、東京都区部を100とすると50%以下の水準が30都市を超えます。

②大きすぎない都市:
退職後の生活で利用できる範囲内に必要なサービスが揃うためには都市は大き過ぎない方がよく、その一方で小さ過ぎて娯楽や文化施設が整わないといった課題のない規模が必要です。人口50万人程度が住みやすいのではないかと思います。

③コンパクトな都市:
退職後の生活に利用できる生活範囲はそれほど広くないことから、都市がコンパクトである必要性も高いところです。その指標として人口密度で1平方キロメートル1000人以上の都市を選んでみました。

これらの条件で絞りこんだ都市は、前橋市、岐阜市、奈良市、松山市の4つになります。

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再雇用は良いことばかりではない

フィデリティ退職・投資教育研究所が2015年に行った「60–65歳で退職金を受け取った8000人アンケート調査」の結果からは、簡単に再雇用、継続雇用が良いとはいえない姿が浮かび上がりました。最近、雇用延長といったことがよく聞かれるようになっていますが、現状ではまだまだ60歳定年が多く、そこから再雇用、雇用延長といった雇用形態になっているようです。

このアンケートに回答された8630人のうち4092人が「退職後の主な収入源は働くこと」と回答しています。しかし、そのうち再雇用されているのは74.2%に留まり、20.4%はアルバイト程度にとどまっています。働くとはいってもなかなか厳しい状況にあるようです。

さらにその再雇用されている人でも年齢が高くなるほどに、その比率は低下していることがわかりました。特に「従前と同じ会社に再雇用されている人」の比率は年齢とともに低下しており、「違う会社に再雇用されている人」は年齢の影響が少ないように見受けられます。代わって年齢とともに比率が増えているのが「何もしていない」という人。安易に「従前と同じ会社に再雇用されること」がいいことかどうか、長い目で見る必要があります。

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<プロフィール>

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フィデリティ退職・投資教育研究所 所長 野尻 哲史 氏

大学を卒業後、国内外の証券会社調査部を経て2006年からフィデリティ投信㈱に勤務、2007年より現職。各種アンケート調査をもとに投資家動向を分析し、資産運用に関する啓蒙活動を行っている。結果等は資産運用NAVIで公開。CMA、証券経済学会・行動経済学会などの会員。

著書には『定年後のお金 寿命までに資産切れにならない方法』(講談社+α新書)、『脱老後難民 英国流資産形成アイデアに学ぶ』(日本経済新聞出版)、『老後難民』、『日本人の4割が老後準備資金0円』(講談社+α新書)、『貯蓄ゼロから始める安心投資で安定生活』(明治書院)など多数。
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<著書の紹介>
「定年後のお金」(講談社+α新書)のなかには、他にも定説を見直すような内容が含まれていますので、ご覧ください。

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<注記>
※本稿において、記載された内容は野尻哲史氏個人の見解であり、フィデリティ投信株式会社または株式会社お金のデザインの公式見解ではありません。

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