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逆算の資産準備を考える 〜野尻哲史氏の #逆算の資産準備 第1回〜

本記事はフィデリティ退職・投資教育研究所所長 野尻哲史氏による寄稿記事です。

新年の賑わいも落ち着き、2020年の本格始動に向けて目標を立てたりこれからの人生計画を改めて見直した方もいらっしゃるのではないでしょうか。THEOのユーザーは約8割が20代から40代で、現在働き盛りの方が多いわけですが、定年後の生活がどうなるか、漠然とした不安をお持ちの方もいらっしゃることでしょう。

今回から全3回、フィデリティ退職・投資教育研究所所長 野尻哲史氏によるコラムをお届けします。長い人生で必要になってくるお金の考え方についてもっと学んでみませんか?


人生95年時代のゴール設定

現在の高齢者が現役時代だった頃は「定年までに老後に資産を創り終える」のが目標でした。しかし、これから定年を迎える人たちにとって退職後の生活年数はもっと長いものを想定せざるを得ません。

現在60歳の女性はその20%が96歳まで生きると計算され、男性でも2割が91歳まで生きる時代です。男性の余命の方が少し短いのですが、退職後の生活を考えるのであれば、女性の余命を考慮して、「退職後の生活は95歳まで生きること」を想定する時代といえます。

となると、60歳定年であれば、退職後の生活年数は35年もあります。もう「退職時点をゴールにして退職後の生活資産を創り出す」という考え方はとても持ちません。そこで考えたいのが、ゴールの時点を一気に95歳に伸ばして、その時点まで資産を持たせるという考え方です。言い方を変えると「95歳で資産0円」をゴールにする考え方です。

使いながら運用する時代を設定

退職後の生活資金を考えるには、95歳から年齢を遡ってそれぞれの年齢における途中経過目標を設定することが有効だと思います。

例えば、75歳くらいになったらもう後は働くことはもちろん、運用だってしたくないという方は、「その後の20年間は毎月、公的年金に加えて10万円ずつ使う資産が欲しい」と設定すれば、それを念頭に75歳時点で2,400万円の資産が残っていれば20年間持ちます(=10万円 ×12か月 ×20年)。

さらに60歳から75歳は退職していますが、まだ資産運用を続ける力があります。その間は、資産を引き出して生活費に充てるものの、残りの資産を運用すれば、その運用の力で資産の減り方を抑えることができます。あまり無理な運用は避ける必要がありますから、ある程度資産が減ることを容認しなければなりません。例えば、毎年残高の4%を引き出して残りを年率3%で運用できれば、おおよそ資産は毎年1%ずつ減っていくことになります(手数料や税金は考慮していません)。

毎年1%ずつ減らしながら75歳で2,400万円残るというのは60歳時点で2,800万円ほどあれば可能です。また前述の使うだけの時代も含めて60歳から95歳までの引き出し総額は4,000万円を超える規模になります。これを知ると、退職しても運用を続けることの重要性がよくわかります。この時期を「使いながら運用する時代」と呼ぶことにしましょう。

そして最後に60歳までに2,800万円を創り出す資産形成へと遡って考えていきます。こうした95歳から遡って途中経過目標を作っていくことを私は「逆算の資産準備」と呼んでいます。

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想像以上に生活資金が必要な退職後の生活

人生が長くなった分だけ、多くの退職後の生活資金が要るようになります。
退職したからといって、それまでの生活水準を引き下げることは簡単ではありませんから、退職後の生活は退職直前の年収に規定されます。フィデリティ退職・投資教育研究所が勤労者3万人に聞いた調査では、年収が高い人ほど多くの老後の生活資金が必要だと回答しています。

もちろん退職後では資産形成は不要ですし、支払う税金も減るため、年間必要生活費はそれだけでも減少します。しかし退職直前年収に対する退職後の年間必要生活費の比率である「目標代替率」は、米国では70–85%、英国では3分の2といわれ、決して少なくありません。フィデリティ退職・投資教育研究所が試算した日本の数値は、2009年の家計調査では68%、2014年の全国消費実態調査では72%でしたから、ほぼ7割といったところでしょう。例えば退職直前年収600万円の家計なら420万円程度が退職後に毎年必要だという計算です。

ちなみに、これに退職後の生活年数を掛ければ、退職後の生活必要総額が算出できます。例えば退職後の生活を60歳から95歳までの35年間と想定すれば、退職後の生活必要総額は1億4,700万円となります。

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運用、勤労、地方移住の包括的アプローチ

この金額を運用だけで賄おうと考えるととても難しくなります。まずは、その原資として公的年金を想定すべきです。公的年金として月額平均24万円を受けとれると想定すれば、受給開始の65歳から95歳までの30年間で8,640万円の総額となりますから、これを生活必要総額から差し引けば6,060万円を自助努力で賄うと考えればいいわけです。

この対策として、まずは生活費の引き下げです。節約は必要ですが、それによって生活水準そのものを引き下げては意味がありませんから、生活水準を引き下げず、生活「費」水準を引き下げることが大切になります。米国のように退職後に暮らす場所を選ぶこと、すなわち日本なら地方都市移住が真剣に検討される時期に来ているように思います。生活水準を引き下げず、生活費水準だけを引き下げた結果、「目標代替率」が60%になれば計算上、必要総額は2,100万円減ることになります。

■生活費水準を下げて「目標代替率」を下げる
年収600万円 ×(目標代替率70%−60%)× 35年 = 2,100万円

また退職後の生活年数の引き下げも重要です。寿命は変えられませんが、退職年齢を遅らせることは可能です。例えば60〜65歳の5年間、資産に手を付けず、勤労収入だけで何とか生活できるように働き続ければ、計算上さらに必要額を1,800万円減らすことができます。

■退職年齢を5年間遅らせる
年収600万円 × 目標代替率60% × 5年 = 1,800万円

生活費の引き下げと退職後に働くことを少しずつ織り交ぜて、何とか2,000万円の削減ができたとすると、自助努力の総額は4,000万円程度にまで引き下げることができます。ここで最初にまとめた「逆算の資産準備」の事例を振り返ってみてください。

引き出し総額が4,000万円程度になる計画として、95〜75歳は月額10万円の定額引出、75〜60歳は資産の4%を引き出す定率引き出しで、60歳時点で2,800万円程度あれば可能との試算を見ていただきました。

退職後の生活必要資金総額は、勤労、地方都市移住、そして運用継続の3つの要素のバランスで考えることが大切だということがわかってきます。なお、第3回のコラムでは、運用について、地方移住について、そして働くことについて、それぞれ“定説を疑ってかかる”考え方を紹介していこうと思います。

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<プロフィール>

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フィデリティ退職・投資教育研究所 所長 野尻 哲史 氏

大学を卒業後、国内外の証券会社調査部を経て2006年からフィデリティ投信㈱に勤務、2007年より現職。各種アンケート調査をもとに投資家動向を分析し、資産運用に関する啓蒙活動を行っている。結果等は資産運用NAVIで公開。CMA、証券経済学会・行動経済学会などの会員。

著書には『定年後のお金 寿命までに資産切れにならない方法』(講談社+α新書)、『脱老後難民 英国流資産形成アイデアに学ぶ』(日本経済新聞出版)、『老後難民』、『日本人の4割が老後準備資金0円』(講談社+α新書)、『貯蓄ゼロから始める安心投資で安定生活』(明治書院)など多数。
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<著書の紹介>
「逆算の資産準備」についてもっと知りたい方は、「定年後のお金」(講談社+α新書)の序章と第1章ををご覧ください。

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<注記>
※本稿において、記載された内容は野尻哲史氏個人の見解であり、フィデリティ投信株式会社または株式会社お金のデザインの公式見解ではありません。

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