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第2フェーズを迎えたESG投資とその課題-前編- ESG投資とサステナビリティ経営

本記事は、お金のデザイン研究所所長、京都先端科学大学教授/京都大学客員教授/東京都立大学特任教授の加藤康之氏による寄稿記事です。

資産運用の世界では相変わらずESG投資が注目されています。日本でESG投資が注目を浴び始めたのは2017年でした。それは公的年金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)がESG投資をスタートした年です。それから5年が経過し、ESG投資も第2フェーズに入ったと思われます。

そこで、本稿では第2フェーズでは何が変わったのか、そして、どんな課題があるのか、について考えてみましょう。なお、ESG投資については過去にもブログを書いているので、ESG投資の入門的な話についてはそちらを参照して下さい。


ESG投資の定義とは

まずは、ESG投資の定義について簡単におさらいしておきましょう。この定義が第2フェーズを議論する上で重要になります。すなわち、ESG投資には次の2つの定義があります。

定義①
企業のESG情報を活用した投資手法。ESGとはEnvironment(環境)、Social(社会)、Governance(企業統治)の略であり、企業の環境や社会への対応やガバナンス状況に関する情報である。利益や売上高といった財務情報でないという意味で非財務情報とも呼ばれている。

定義②
ESG投資リターンとして、株価上昇や配当金収入といった通常の経済的リターンに加えて社会的リターンも追及する投資手法。社会的リターンとは、自然環境や貧困問題などの社会問題にポジティブな影響をもたらすことであり、社会的リターンは社会的インパクトとも言われる。

このどちらかを満たせばESG投資と考えることが出来ます。そして、第2フェーズで重要なのは、定義2であり、社会的リターンです。

ESG投資とサステナビリティ経営

最近、企業のESG関係者と話していると、ESGという言葉があまり出てこないことに気がつきます。代わりに出て来る単語はサステナビリティです。彼らの所属する組織の名前もサステナビリティ推進室といった名前が多いようです。

企業にとってESGとは投資家目線であり、投資家が企業を非財務情報で評価するときの考え方なのです。一方、企業が非財務で目指している経営はサステナビリティ経営と言うことになります。もちろん、ESG=サステナビリティと考えれば良いのですが、企業はESG投資家が要求するESG情報を開示するだけという状況を脱し、主体的に考えたサステナビリティ経営に力を入れ始めているのです。

2006年に国連により表明されたPRI(Principles for Responsible Investment)宣言でESG投資が明示化されるようになってから、これに賛同する投資家は投資対象企業の選択にESGという非財務情報を使うようになりました。特にリスク管理的な側面が中心であり、企業の有するESGリスクを洗い出すことが目的でした。つまり、ESGは基本的には投資家から企業への一方通行だったと言えます。

当時の企業にとっては、財務的成果を高めることが圧倒的に重要であり、非財務成果はあまり重視してこなかったと言えます。社会が注目する気候変動や経済格差問題など資本主義がもたらす負の側面も今ほど注目を浴びていなかったのです。筆者がESG投資の研究を始めた2017年頃でさえ、ESGに関心を持つ企業は多いとは言えませんでした。

ところが、最近、この状況が大きく変わってきています。今や、大手町ではたくさんのサラリーマンがSDGsバッジを付けて闊歩しいているのを見かけます。多くの企業はサステナビリティ・レポートを発行し、経営計画にサステナビリティを言及しない企業はほとんどありません。特に気候問題は最も注目されており、カーボンニュートラル(炭素の排出量をネットでゼロにする政策)に向けた企業の中期計画やTCFD(気候問題に関する企業の情報開示基準)に沿った情報開示など企業サイドの対応が注目されています。企業が東京証券取引所の新しい市場区分の最高位にあるプライム市場に残るためにもTCFD開示は必須となりました。

筆者作成

さらに、コロナ禍の中、サプライチェーン構築、人権対策、働き方改革などサステナビリティは企業の経営課題として広く取り上げられるようになっています。ESG関連で取り上げられるニュースも企業のニュースが増えています。ESG投資は投資家主導で始まりましたが、サステナビリティ経営として企業経営の最重要テーマに位置するようになったと言えるでしょう。今、ESGあるいはサステナビリティへの関心は投資家より企業の方でより高いと思われます。

筆者作成

ESG投資と伝統的投資の融合

一方、ESG投資家の現状はどうでしょうか。
今やESGを考慮しないという運用機関を探す方が難しくなったと言えます。ある年金基金の運用担当者によれば、資産運用を委託している運用機関に質問するとそのすべてが「ESGを考慮している」と答えるそうです。確かに、まともな運用者であれば、これだけ市場から注目され、企業も経営資源を割いているESGの影響を考慮しないということはありえないでしょう。

さらに、ESG評価と企業業績の相関がある程度存在するという学術研究も多く(もっとも、これはESG評価の高い企業を買えば超過リターンが得られるということを必ずしも意味しませんが)、ESGが銘柄選択において意味のある変数※になることを示しています。また、ESG投資の運用パフォーマンスも伝統的な投資と同様に多様だという理解も進んだのではないでしょうか。
※編集部注:ここでは考慮すべき要素、判断基準の意

実際、投資コンサルタントのマーサー社のデータを使ってグローバルなESG運用ファンド40社のパフォーマンスを調べたところ、マーケットベンチマーク(MSCI-ACWI)に対する超過リターン(期間:2014.1~2018.12)は40社中26社がアンダーパフォームしていました。

当たり前の話ですが、ESG投資であっても、優秀なファンドマネージャが運用しないと超過リターンは出ないのです。ヘッジファンド※でさえESGを考慮しているものが紹介されています。もちろん、ヘッジファンドでは、その銘柄が割高であればたとえESG優良企業でも空売りの対象になるでしょうが、これもESG情報を考慮しているという定義①の観点で見ればESG投資と言えるでしょう。さらに、最もシンプルな投資であるマーケットパッシブ運用でさえ議決権行使を含めた企業へのエンゲージメント(企業価値向上に向けた投資家と企業の対話)を強化することによってESG投資の範疇に入るという考え方もあります。いずれにしろ、ESG投資は、それがますます重要になってきたために、伝統的な投資に融合されつつあると言えます。その意味ではESG投資という言葉もそろそろ消えていくのかもしれません。
※編集部注:ヘッジファンド=さまざまな取引手法を駆使して市場が上がっても下がっても利益を追求することを目的としたファンド

しかし、一方で、自然環境や社会のサステナビリティは世界の喫緊の大問題であり、政府による対応だけでは不十分であり企業による積極的な貢献が期待されています。企業側もサステナビリティに対する貢献は企業自身が生き残るために必要であると考えており、経営計画に組み込むようになっています。サステナビリティの向上を目的として、このような企業に対する投資としてのESG投資は残るのでしょう。このESG投資の目的は必ずしも超過リターンを狙うのではなく、企業の社会的貢献あるいは社会的課題の解決、つまり社会的リターン、を追求するものです。そして、その社会的リターンを通して経済的リターンの長期的なサステナビリティ(持続性)を狙うものです。これは定義②に相当します。

つまり、ESG投資は通常のアクティブ運用のように超過リターンを求めるESG投資(定義①)と自然環境や社会のサステナビリティを目指すESG投資(定義②:以下、本稿ではこれをサステナビリティ投資と呼ぶことにします)の2つに分かれていくと思われます。そして、前者は伝統的な投資に融合されていき、後者はサステナビリティ投資として残るのではないでしょうか。

なお、ESG投資によって伝統的投資手法が進化したところもあります。それはエンゲージメント投資です。ESG投資家に促されて始まった企業のESG経営は企業サイドでサステナビリティ経営として進化し、それに呼応して投資家も企業のサステナビリティ経営に注目するという2者の間でポジティブな循環に入ったと言えます。両者の接点となるのがエンゲージメントであり、投資家と企業との間の建設的な対話です。このエンゲージメントはこれまでも少数の小型企業に集中的に投資する集中投資型ファンドでは活用されていましたが、それが伝統的な投資に広まりつつあると言えます。

つまり、ESG投資によって、エンゲージメント投資が伝統的な投資にも浸透しつつあるということです。ESG投資は、投資そのものを、「優良な企業を選択する投資」から、「優良な企業に育てる投資」に進化させたと言えるでしょう。

後編へ続く


※本稿において、記載された意見・見解は、筆者個人のものであり、株式会社お金のデザインの公式見解ではありません。

プロフィール

yasuyukikato

加藤 康之
アカデミック・アドバイザー お金のデザイン研究所所長
京都先端科学大学教授/東京都立大学特任教授/京都大学客員教授

東京工業大学修士。京都大学博士。(株)野村総合研究所システムサイエンス部長、海外拠点、野村證券(株)金融工学研究センター長等を経て、同社執行役。2011年に京都大学大学院教授。2019年4月から現職。他に、京都先端科学大学教授、東京都立大学特任教授、京都大学客員教授、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)経営委員、証券アナリストジャーナル編集委員等。著書に「高齢化時代の資産運用手法」、「初心者のための資産運用入門」、「ESG投資の研究」、”The Emergence of ETFs in Asia-Pacific” 等。

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